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東京地方裁判所 平成5年(行ウ)27号 判決 1995年12月06日

甲・乙・丙・丁事件原告

荻原秀夫

大久保憲子

岩本えり子

大橋茂

甲・乙・丙事件原告

亡髙嶋貞子

丁事件原告

高嶋伸享

右原告ら訴訟代理人弁護士

山本剛嗣

寿原孝満

小林行雄

和田一郎

甲・丁事件被告

東京都千代田区(Y1)

右代表者区長

木村茂

右指定代理人

鈴木勉

乙事件被告

東京都千代田区議会(Y2)

右代表者議長

鎌倉つとむ

右指定代理人

篠田公一郎

乙事件被告

東京都千代田区長(Y3) 木村茂

右指定代理人

鈴木勉

乙・丙事件被告

東京都千代田区教育委員会(Y4)

右代表者委員長

横山安宏

右指定代理人

中村喜信

右被告ら指定代理人

内山忠明

河合由紀男

山口憲行

岩田実

主文

一  甲・乙・丙事件について

1  右事件原告亡髙嶋貞子と右事件被告らとの間の訴訟は、平成五年三月二三日同原告の死亡によって終了した。

2  亡髙嶋貞子を除く右事件原告らの本件訴えをいずれも却下する。

二  丁事件について

右事件原告らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用のうち、亡髙嶋貞子を除く各事件原告らと各事件被告らとの間に生じたものは同原告らの負担とし、中間の争いに関して生じた訴訟費用は亡髙嶋貞子の相続人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  請求の趣旨

被告東京都千代田区(以下「被告区」という。)が平成四年一二月二八日付け公布に係る平成四年千代田区条例第三五号「東京都千代田区立学校設置条例の一部を改正する条例」(以下「本件条例」という。)によってした東京都千代田区立永田町小学校(以下「永田町小学校」という。)の廃止処分を取り消す。

2  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

本件訴えを却下する。

(本案の答弁)

原告らの請求を棄却する。

二  乙事件

1  請求の趣旨

(一) 被告東京都千代田区議会(以下「被告区議会」という。)が平成四年一二月二五日付け本件条例の議決によってした永田町小学校の廃止処分を取り消す。

(二) 被告東京都千代田区長(以下「被告区長」という。)が平成四年一二月二八日付け本件条例の公布によってした永田町小学校の廃止処分を取り消す。

(三) 被告東京都千代田区教育委員会(以下「被告委員会」という。)が、

(1) 平成四年一二月二一日付けでした本件条例の制定を求める決議及び平成五年三月一日付けで東京都教育委員会宛てにした学校の廃止届のうち永田町小学校の廃止に係る部分

(2) 平成五年三月五日付けで原告らに対してした平成五年四月一日以降被保護児童を就学させる小学校を千代田区立千代田麹町小学校(以下「千代田麹町小学校」という。)と指定する処分を取り消す。

2  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

本件訴えをいずれも却下する。

(本案の答弁)

原告らの請求をいずれも棄却する。

三  丙事件

1  請求の趣旨

被告委員会が平成三年一二月一七日付けでした東京都千代田区立番町小学校外一三校を平成五年三月三一日付けで廃止する旨の議決のうち永田町小学校の廃止に係る部分を取り消す。

2  請求の趣旨に対する答弁

(本案前の答弁)

本件訴えを却下する。

(本案の答弁)

原告らの請求を棄却する。

四  丁事件

1  請求の趣旨

(一) 被告区は、原告ら各自に対し、それぞれ金五万円を支払え。

(二) 仮執行の宣言

2  請求の趣旨に対する答弁

原告らの請求をいずれも棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らの地位

原告らは、平成五年一月当時において永田町小学校に在学していた児童の保護者である。

2  永田町小学校の廃止の経緯

(一) 被告委員会は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一号に基づき、平成三年一二月一七日、「既存の学校はすべて廃止する」旨の内容を含む「教育条件の整備推進にかかわる基本方針」(以下「基本方針」という。)の議決をし、次いで、平成四年一二月二一日、本件条例の制定を請求する旨の決議(以下「条例制定請求決議」という。)を行った。

被告区長は、右決議を受けて、平成四年一二月二一日、永田町小学校を含む従前の一四校の区立小学校の全部を廃止し、八校の区立小学校を新設することを内容とする本件条例の案を被告区議会に提出した。

(二) 被告区議会は、平成四年一二月二五日、本会議において本件条例を議決し、被告区長は、同月二八日付けで本件条例を公布した。かくして、本件条例は平成五年四月一日に施行され、同年三月末日をもって永田町小学校は廃止された。

(三) 被告委員会は、平成五年三月一日付けで東京都教育委員会に対し、区立小学校一四校の廃止届(以下「本件廃止届」という。)を提出し、さらに、同月五日付けで、別紙「保護者及び児童並びに就学校目録」記載のとおり、各児童の同年四月一日以降就学すべき小学校を千代田麹町小学校とする旨の指定(以下「本件指定」という。)をした。

3  被告らの行為の行政処分性

(一) 被告委員会のした基本方針の議決、条例制定請求決議及び本件廃止届の提出、被告区議会のした本件条例の議決、被告区長のした本件条例の公布、被告区のした本件条例の制定は、いずれも永田町小学校の廃止を内容とするものであり、被告らの右各行為は、それぞれの権限に基づいて永田町小学校の廃止の効力を生じさせるものである。そして、学校の廃止は、当該学校の児童及びその保護者(父母)の学校利用権等の既得権を一方的に消滅させるものであるから、被告らの右各行為による永田町小学校の廃止は、取消訴訟の対象となる行政処分に当たる(以下、右各処分を一括して「本件各処分」という。)。

(二) また、被告委員会のした本件指定は、学校教育法施行令六条に基づく就学校指定変更処分であり、保護者である原告らに対し、その保護する児童を特定の小学校へ就学させるべき義務を課するものであるから、取消訴訟の対象となる行政処分に当たる。

4  本件各処分及び本件指定の違法性

(一) 処分手続の違法

地方公共団体が、公立小学校の廃止を行おうとする場合は、関係法令所定の手続に従うほか、憲法一三条、三一条の保障する適正手続の要請に従い、在学児童の保護者、地域住民、教職員等の利害関係者に対し、廃止の必要性、在学児童の廃止後の処遇予定、校舎跡地の利用計画等廃止に関連する重要な事項を明示し、利害関係者にこれらの点についての意見ないし要請を提出する機会を与え、その意見等を議案として審議、決議する等の手続を経て、廃止に必要な条例を審議、議決するという手続を履践することが必要である。

ところが、被告らは、永田町小学校の廃止を決定するにあたって、一般区民はもちろん、永田町小学校に通う児童の保護者や学校の教職員等の利害関係者の参画を排除して計画を進め、平成三年一二月二〇日、突如廃止の決定を公表したもので、その間、これらの利害関係者にはその計画の存在すら知らせていなかった。また、被告らは、右公表後においても、右利害関係者の要請を審議することはもちろん、意見ないし要請を提出する機会すら与えることなく、計画公表後約一年三か月という極めて短期間の間に廃止を実施するに至ったものである。

このように、被告らは法の要求する適正な手続を無視して永田町小学校の廃止を決定、実施したものであるから、その廃止は、違法な手続によってされた違法な処分というべきである。

(二) 処分の実体的違法(裁量権の逸脱・濫用)

(1) 学校の廃止は、児童及び保護者の自発的な意思によらない転校を当然に伴うものであるところ、転校に伴う教育環境、師弟関係、友達関係等の断絶が、児童に対し看過しえない不利益を及ぼすことに鑑みれば、その廃止に全く合理的理由がないような場合には、当該学校の廃止は、裁量権の逸脱・濫用によるものとして、違法というべきである。

永田町小学校の廃止当時、同校の校舎は改築を必要とするほど老朽化が進んではいなかったし、廃止当時の同校の在校児童数は二二二名であり、児童の少人数化による弊害も生じていなかった。また、被告らは、従来千代田区に存在していた小学校一四校のうち、新設校の配置場所とならないため実質的に廃止となった六校の一つに永田町小学校が選ばれた理由を全く明らかにしていないし、同小学校の跡地は従前のままであって、未だその利用計画も具体化されていないのである。これらの事実と永田町小学校が帰国子女受入校として実績を挙げていたこと等からすると、平成四年度末(平成五年三月末)をもって永田町小学校を廃止すべき合理的理由はなかったものというべきであり、右廃止は、裁量権の逸脱・濫用によるものとして、違法というべきである。

(2) 学校の廃止が、前記のように転校による不利益を強制的に課すことになることに鑑みれば、廃止にあたっては、廃止に伴う転校後の良好な就学環境の確保に十二分な配慮をすべきであり、かかる配慮を欠いた廃止は、裁量権の逸脱・濫用によるものとして、違法というべきである。

永田町小学校の廃止に伴う転校により、原告らの子女は、児童数二二二名という適正規模の永田町小学校から、右転校により児童数が増大し(五七〇名)運動場等が狭小・過密化するなど教育条件が悪化した千代田麹町小学校に通学せざるをえなくなったばかりでなく、原告荻原秀夫(以下「原告荻原」という。)及び同大久保憲子(以下「原告大久保」という。)の子女は、交通量の多い通学路を通うことになり通学距離も看過できないほど増加することとなった。また、永田町小学校の廃止により、原告らの子女は、帰国子女の受け入れや外国籍児童との混入教育等伝統ある国際理解教育を受ける機会を失うことになった。これらの事実からすると、被告らは、永田町小学校の廃止に伴う転校後の良好な就学環境の確保に対する配慮を欠いていたというべきであり、右廃止は、裁量権の逸脱・濫用によるものとして、違法というべきである。

(三) 右のとおり、永田町小学校の廃止は違法であるから、右廃止を前提とする本件指定もまた違法というべきである。

5  被告区の不法行為責任

(一) 本件各処分及び本件指定の違法

本件各処分及び本件指定が違法であることは前記のとおりであり、丁事件原告らは、かかる違法な本件各処分による永田町小学校の廃止及びこれに伴う本件指定によって、後記のとおりの損害を被った。

(二) 継続的施策変更の違法

(1) 原告大橋茂(以下「原告大橋」という。)の長女由佳及び長男幹はいわゆる帰国子女であるが、原告大橋は、帰国に際し、被告区の教育長井澤一弘(以下「井澤教育長」という。)に相談したところ、帰国子女であることを理由に、帰国子女教育で定評のある永田町小学校に編入させるべきであると強く勧められ、被告委員会から就学校の指定を受けて、平成三年二月に長女及び長男を通学区域外である同小学校に編入させたものであって、その際、井澤教育長及び被告委員会から永田町小学校の廃止についての説明はなかった。

丁事件原告高嶋伸享(以下「原告髙嶋」という。)の次女香子はいわゆる帰国子女であるが、帰国後の平成三年八月、原告髙嶋の妻貞子が永田町小学校を訪問して校長蓮池守一(以下「蓮池校長」という。)と面談した際、同人から「是非いらっしゃい」などと積極的に同校への編入を勧められ、被告委員会から永田町小学校への区域外就学の承諾を得て、平成三年九月に次女を同小学校に編入させたものであって、その際、蓮池校長からも被告委員会からも、永田町小学校の廃止についての説明はなかった。

原告岩本えり子(以下「原告岩本」という。)の長男弘毅はいわゆる帰国子女であるが、帰国後の平成三年一〇月、永田町小学校を訪問して蓮池校長及び教頭西村美奈子(以下「西村教頭」という。)と面談した際、「永田町小学校は帰国子女の専門だから、いらっしゃい」、「学校として大歓迎です」などと積極的に同校への編入を勧められ、被告委員会から永田町小学校への区域外就学の承諾を得て、同月、長男を同小学校に編入させたものであって、その際、蓮池校長及び西村教頭からも被告委員会からも、永田町小学校の廃止についての説明はなかった。

(2) 被告区は、永田町小学校を設置し、地域在住児童の公教育にあたるとともに、伝統ある国際理解教育の実績を生かし帰国子女受入校として継続的に帰国子女等を受け入れ、適正規模校として同校を発展維持する施策を継続してきたものであるところ、前記のとおり、原告大橋、同髙嶋、同岩本は、被告区の教育長あるいは永田町小学校の校長及び教頭から、帰国子女受入れの実績のある同校へ子女を編入させるように勧誘を受けたことに基づき、少なくともその子女の卒業までは永田町小学校が存続し、同校における国際理解教育・帰国子女の受入れという施策が継続されることを信頼して、その子女を同校に編入させたものである。

(三) しかるに、被告区は、右編入後間もなくして、永田町小学校を廃止し、同校における国際理解教育・帰国子女の受入れという施策を変更したものであり、このことは、教育長等からの勧誘を受け、被告区の前記施策が継続されることを信頼してその子女を同校に編入させることとなった原告大橋、同髙嶋、同岩本との間に形成された信頼関係を不当に破壊し、同原告らに後記の損害を被らせるものとして、被告区の不法行為責任を生じさせるものである。

(三) 被告区の職員の言動の違法

井澤教育長、蓮池校長及び西村教頭は、被告区内部で永田町小学校の廃止が検討ないし事実上決定されている時期に、前記(二)(1)のとおり、原告大橋、同髙嶋の妻貞子、同岩本に対してその子女の永田町小学校編入を勧誘する発言を行ったものであり、かかる発言自体、信義に反する違法なものである。仮に、蓮池校長及び西村教頭が、右発言当時、永田町小学校の廃止が検討ないし事実上決定されていることを知らなかったとすれば、被告区の職員が蓮池校長らに永田町小学校の廃止の検討経過を知らせないまま同人らをして右のような発言をさせたことは、やはり信義に反する違法な行為である。

また、卒業時まで永田町小学校に在籍できると誤信して編入学手続をした原告大橋、同髙嶋及び同岩本に対し、漫然と編入を認めた被告委員会の行為は信義則に反する違法なものである。

したがって、被告区は、原告大橋、同髙嶋及び同岩本に対し、不法行為責任を免れない。

6  損害の発生及び数額

丁事件原告らは、永田町小学校の廃止に伴い、その子女が適正規模を大きく上回ることになった千代田麹町小学校に在籍せざるをえなくなり、永田町小学校で享受してきた国際理解教育という理念に基づく極めて良好な教育環境を失い、より危険性の高い通学経路をとることなどを余儀なくさせられ、多大の精神的苦痛を受けるとともに、原告大橋、同髙嶋及び同岩本は、右5(二)の施策変更及び(三)の職員の言動によっても精神的苦痛を受けた。

丁事件原告らの右精神的苦痛を金銭で慰謝する額としては、少なくとも各金五万円が相当である。

7  なお、甲・乙・丙事件原告亡髙嶋貞子は、平成五年三月二三日死亡したが、同原告の本件訴えは、その子である香子の保護者として同人を教育する権利及び同人に教育を受けさせる義務に基づいて提起されたものであり、右権利義務は、同原告の死亡により、その夫であり香子の保護者である髙嶋伸享(丁事件の原告)が当然これを承継し、その訴訟上の地位を承継したものである。

8  よって、甲・乙・丙事件原告らは、本件各処分の取消しを求め、丁事件原告らは、被告区に対し、それぞれ損害賠償金(慰謝料)各五万円の支払を求める。

二  被告らの本案前の主張(甲・乙・丙事件について)

1  被告区

(一) 処分の取消しの訴えは、処分をした行政庁を被告として提起しなければならないところ、永田町小学校を廃止する効力をもつ行政処分は、本件条例の制定、公布を除いて外にはなく、右条例は被告区議会による議決により制定されたものであり、その公布は被告区長によってされたものであるから、被告区に対する永田町小学校の廃止の取消しの訴えは、被告適格を欠く者に対する訴えとして不適法である。

(二) 本件条例の施行により永田町小学校が廃止になっても、原告らの子女は、いずれも新設校である千代田麹町小学校に就学することとされているのであって、いわゆる教育を受ける権利が侵害されることはないし、また、原告らの主張する従前どおり永田町小学校に通学する利益は事実上のものにすぎないから、原告らは、永田町小学校の廃止により法律上保護された権利ないし利益を侵害されたわけではなく、その廃止の取消しを求める原告適格を有しない。

2  被告区長及び同区議会

(一) 被告区議会のした本件条例の制定行為は、一般的、抽象的な規範の定立行為であり、また、被告区長のした本件条例の公布行為は、既に成立した右条例を周知するために外部に表示する行為であって、右条例の制定行為の付随的なものにすぎないから、右条例の制定及び公布行為は、それが、直接、個人の具体的な権利義務に変動を与えるような例外的な場合を除いて、原則として抗告訴訟の対象とならない。

原告らは、その子女に被告区の設置する学校において法定年限の普通教育を受けさせる権利ないし法的利益を有しているということはできても、それ以上に、永田町小学校という特定の学校で授業を受けるという権利ないし法的利益が認められているものではない。本件条例の施行により、永田町小学校が廃止されても、原告らの子女は、いずれも新設の千代田麹町小学校において普通教育を受けることができるのであるから、本件条例の制定及び公布行為は、原告らの権利ないし法的利益に何ら影響を与えるものではなく、抗告訴訟の対象となる処分とはいえない。

(二) 仮に、本件条例の制定及び公布行為が抗告訴訟の対象となるとしても、原告らの子女が従前どおり永田町小学校に通学する利益は、法律上保護された権利ないし利益ではないから、原告らには、それらの取消しを求める原告適格がない。

3  被告委員会

(一) 被告委員会のした条例制定請求決議は、被告区長に本件条例の案を被告区議会に提出するよう依頼するための決議であり、本件廃止届の提出は、学校教育法施行令二五条一号に基づいてした行政機関相互間における事実の通知にすぎず、また、基本方針の議決も、被告委員会内部の意思決定にすぎないものであって、いずれも何らの法的効果を伴うものでないから、抗告訴訟の対象となる処分に当たらないし、仮に当たるとしても、原告らにその取消しを求める原告適格はない。

(二) また、平成五年四月一日に本件条例が施行され、永田町小学校が同年三月末日限り廃止となったことにより、本件指定を取り消しても、原告らが期待する永田町小学校への就学はありえないこととなったから、本件指定の取消しを求める原告らの訴えは、訴えの利益を欠くというべきである。

三  請求原因に対する被告らの認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  同3(一)は争うが、(二)は認める。

3  同4(一)のうち、永田町小学校の廃止について公表したのが平成三年一二月二〇日であることは認めるが、その余は争う。

同4(二)のうち、永田町小学校の在校児童数、千代田麹町小学校の児童数が従前より増加したこと、その結果、児童一人当たりの運動場面積が減少したこと、原告荻原及び同大久保の子女の通学距離が増加したことは認めるが、その余は争う。

同4(三)は争う。

4(一)  同5(一)は争う。

(二)  同5(二)のうち、原告大橋、同髙嶋及び同岩本の子がいわゆる帰国子女であること、原告大橋が井澤教育長と面会したこと、原告大橋の子が永田町小学校に編入したこと、原告髙嶋の妻貞子が永田町小学校を訪問した際に蓮池校長が同原告主張のような発言をしたこと、原告髙嶋の子が被告委員会の区域外就学の承諾を得て平成三年九月に永田町小学校に編入したこと、原告岩本が永田町小学校を訪問した際に蓮池校長及び西村教頭が同原告主張のような発言をしたこと、原告岩本の子が被告委員会の区域外就学の承諾を得て平成三年一〇月に永田町小学校に編入したこと、いずれの際も永田町小学校が廃止になることについての説明がなかったことは認めるが、その余は争う。

(三)  同5(三)は争う。

永田町小学校の廃止が被告区の方針として決定されたのは平成三年一二月であり、原告大橋、同髙嶋、同岩本の子女が永田町小学校に編入学する手続をした時期は、被告区として右廃止の方針が決定されていなかったのであるから、井澤教育長、蓮池校長、西村教頭、被告委員会その他の担当職員の対応(なお、井澤教育長、蓮池校長及び教頭が右原告らに対しその子女の永田町小学校編入を積極的に勧誘したことはない。)は何ら違法ではない。

5  同6は争う。

丁事件原告らの主張する利益は、事実上享受していた利益にすぎず、法律上保護されるべき利益ではないから、同原告らに主張のような損害はない。

四  被告らの主張

1  永田町小学校の廃止は、千代田区公共施設適正配置構想(以下「公適配構想」という。)に基づき、同区内の区立小、中学校等の教育施設の適正な規模及び配置の確保、実現を図る一環として行われたものであるが、法令上必要な手続を全て履践して行われたものであって、その手続に何ら違法な点はない。

なお、公適配構想については、平成三年五月、被告区議会において、本件条例案の審議に先立ち、公共施設適正配置対策特別委員会を設置して審議をするなど、議会において慎重な審議が十分にされたうえで、決定されているものであり、右決定に至る間には、区民の意見を聴取するとともに公適配構想の理解を得るべく十分な広報も行われているのである。

2  区立小、中学校の適正配置は、児童生徒数の減少に伴う小、中学校の小規模化による現行教育水準の低下を防止し、将来にわたって適切で安定した教育水準を維持するために必要であり、本件条例は、一校当たりの児童数を増加させることを目標の一つとし、新設する八校の小学校の配置も右目標にあわせて定められているものである。

永田町小学校については、同校が所在した場所に新たな学校が設置されなかった結果、実質的に廃止となったが、それは、同校の所在した地域に居住する児童数等の状況からすればやむをえないことであり、しかも、その廃止にあたっては、同校の在籍児童の通学条件や友人関係等を考慮して新たな学校へ就学指定するなど相応の配慮をしているのであって、同校の廃止には高度の公益的必要性と合理的理由があり、廃止によって同校の児童が公教育を受けるうえで何らの支障も生じていないことからしても、同校の廃止に裁量権を逸脱・濫用した違法はない。

3  被告委員会は、永田町小学校の廃止に伴い新設の小学校に就学指定するにあたっては、保護者の意見などにも配慮することとし、二度にわたって意見聴取の機会を設けたが、原告らはいずれもこれに応じなかったため、原告らの子女の友人関係や通学条件を考慮して、本件指定をしたものであり、本件指定には何ら違法な点はない。

六  被告らの主張に対する原告らの認否

1  被告らの主張1のうち、永田町小学校の廃止について法令上必要な形式的手続が履践されていることは認めるが、違法な点はないとの主張は争う。

2  同2は争う。

3  同3のうち、原告らが被告委員会の意見聴取に応じなかったことは認めるが、その余は争う。

第三  証拠関係

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

第一  甲・乙・丙事件原告亡髙嶋貞子の死亡による訴訟の終了について

本件記録によれば、甲・乙・丙事件原告亡髙嶋貞子は平成五年三月二三日死亡したことが認められるところ、同原告が本件各処分の取消しを求める法律上の利益として主張していたのは、その子女の保護者としての地位に基づく一身専属の利益であって、相続の対象になりえないものであるから、同原告と被告らとの間の訴訟について訴訟承継が生じる余地はなく(その夫である髙嶋伸亨が承継適格を有するということができないことは明らかである。)、右訴訟は同原告の死亡によって終了したものというべきである。

第二  甲・乙・丙事件について

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  地方公共団体は、学校を設置し、教育に関する事務を処理するものとされ(地方自治法二条三項五号)、地方公共団体の執行機関である教育委員会は、学校の設置、管理及び廃止に関する事務を管理し、執行するものとされており(地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条一号)、学齢児童を就学させるに必要な公立の小学校は、市町村及び東京都の区がこれを設置すべきことが義務付けられているのであって(学校教育法二九条、八七条)、公立小学校の設置の主体が当該地方公共団体であることは明らかである。

そして、公立小学校は地方自治法二四四条にいう「公の施設」であり、その設置は条例で定めなければならないから(地方自治法二四四条の二)、当然に、その廃止も条例によってしなければならないと解すべきであるところ、条例は地方公共団体が制定するものであるから(地方自治法一四条一項)、結局、永田町小学校の廃止は、被告区が本件条例を制定することによって行ったものということができる。

三  本件条例による永田町小学校の廃止の取消訴訟の適否について

地方公共団体の制定する条例は、一般的・抽象的な規範を定立する行為であり、このような立法行為の性質からすれば、条例の効力は、本来、すべての者との関係で有効か無効かのいずれかであるべきであって、出訴期間内に提起された取消訴訟によって取り消されない限り、その効力の排除を求めることができないと解するのは相当でないから、立法作用である条例の制定は、原則として、抗告訴訟の対象となる処分ということはできないと解するのが相当である。

もっとも、条例の形式をとっている場合でも、その実質が、専ら特定の個人に向けられた法の執行行為として、その権利義務や法的地位に個別的・具体的な影響を直接及ぼすといえるようなときは、そのような条例の制定をもって抗告訴訟の対象となしうると解する余地もあるといえよう。

原告ら(亡髙嶋貞子を除く甲・乙・丙事件原告ら。以下、第二において同じ。)は、永田町小学校の廃止は、その在籍児童の父母の学校利用権等の既得権を一方的に消滅させるものであるから、抗告訴訟の対象となる旨主張する。しかし、原告らは、その子女に被告区が設置する学校において法定年限の普通教育を受けさせる権利ないし法的利益を有するものといえるが(憲法二六条、教育基本法三条、四条、学校教育法二九条等)、右権利ないし法的利益は、被告区が社会生活上通学可能な範囲内に設置する学校で教育を受けることができるということであって、それ以上に、具体的に特定の学校で教育を受けうるということまで含むものではないといわざるをえない。原告らが、本件条例の施行前、その子女を永田町小学校に通学させ、同校において教育を受けさせることができたのは、被告区が永田町小学校を設置し、これを広く一般の利用に供していたことによるものであって、原告らが既得権として主張する永田町小学校で教育を受けるという利益は、単なる事実上の利益にすぎず、これをもって原告らの権利ないし法的地位と認めることはできない。したがって、永田町小学校の廃止を内容とする本件条例の制定によって、原告らが、その子女を永田町小学校に通学させ同校での教育を受けられなくなるとしても、このことをとらえて、本件条例が原告らの権利義務ないし法的地位に直接影響を及ぼすものということができないことは明らかである。

以上のとおり、本件条例の制定は、通常の立法作用として、抗告訴訟の対象となる処分に当たらないといわざるをえないから、原告らが被告区に対し本件条例による永田町小学校の廃止の取消しを求める訴えは、不適法な訴えとして却下を免れない。

四  本件条例の議決及び公布の取消訴訟の適否について

条例は、地方公共団体の議会の議決によって成立し(地方自治法九六条一項一号)、地方公共団体の長が公布することによって効力を生じるものであり(同法一六条二、三項)、議会の議決は団体の意思決定であってそれだけでは当該条例の効力は生じないし、また、条例の公布は既に成立している条例を外部に表示する付随的な行為にすぎないから、いずれもそれ自体で国民の具体的な権利義務ないし法的地位に影響を及ぼすものではなく、抗告訴訟の対象となる処分ということはできない。

したがって、被告区議会がした本件条例の議決及び被告区長がした本件条例の公布は、いずれも独立して抗告訴訟の対象となるものではないから、右議決行為及び公布行為による永田町小学校の廃止の取消しを求める訴えは、いずれも不適法な訴えとして却下を免れない。

五  条例制定請求決議等の取消訴訟の適否について

被告委員会がした条例制定請求決議及び基本方針の議決は、いずれも被告委員会の単なる内部的な意思決定にすぎないし、本件廃止届の提出も、学校教育法施行令二五条一号に基づく行政機関相互間における事実の通知であって、これらの行為が永田町小学校の廃止等何らかの法的効果を生じさせるものでないことは明らかであり、いずれも抗告訴訟の対象となる処分ということはできない。

したがって、被告委員会の右各行為のうち永田町小学校の廃止に係る部分の取消しを求める訴えは、不適法な訴えとして却下を免れない。

六  本件指定の取消訴訟の適否について

請求原因3(二)は当事者間に争いがない。

処分の取消しの訴えは、取消判決によって当該処分の法的効果を失わしめ、処分の法的効果として生じた原告の権利利益に対する侵害状態を解消し、その権利利益の回復を図ることを目的とするものであるから、当該処分を取り消しても原告の権利利益が回復される可能性がないときは、もはやその取消しを求める訴えはその利益を欠くことになるというべきである。

これを本件についてみるに、原告らは、その子女に永田町小学校で教育を受けさせる利益が侵害されたとして、永田町小学校の廃止を前提としてされた本件指定の取消しを求めるものであるところ、仮に本件指定が取り消されたとしても、本件条例が平成五年四月一日に施行されたことにより既に永田町小学校が廃止されている以上、被告委員会としては、原告らの子女の就学校を永田町小学校に指定し、指定以前の状態を回復することは不可能であることが明らかであるから、原告らとしては、本件指定を取り消しても、その侵害された状態を回復しうる余地はないことになり、本件指定の取消しを求める原告らの訴えは、訴えの利益を欠くものとして、却下を免れないというべきである。

第三  丁事件について

一  当事者間に争いのない請求原因1及び2の事実に、〔証拠略〕によれば以下の事実が認められる。

1  被告区においては、区内の業務地化の進行と地価の上昇などの影響を受け、定住人口の大幅な減少が続いており、昭和三〇年に約一二万人であった同区の定住人口は、昭和六〇年には約五万人にまで減少し、さらに平成二年には四万人を下回るまでに至った。これに伴い、区立小学校に学ぶ児童の数も、昭和三〇年には一万二〇〇〇人を上回っていたものの、昭和六〇年には約五〇〇〇人となり、さらに、その後も減少を続け、平成三年には約三七〇〇人にまで減少した。他方、区立小学校の数は、昭和四一年以来、一四校体制が維持されてきていたため、一校当たりの児童数の減少による学校の小規模化がみられるようになり、平成四年度には、六校の区立小学校において、すべての学年が一学級しかないという状態が生じ、中には一学年の人数が一〇人以下の学校も生じるに至った。また、区立小学校一四校のすべてが明治時代の創設という長い歴史と伝統を持つ学校であり、そのうち一〇校の校舎が戦前に建築されたものであって、校舎の老朽化が進んでいた。

永田町小学校は、大手町、丸の内、霞が関など大手企業や官庁の所在地を通学区域に含み、区域内の学齢人口は少なく、区域外就学児童が約半数を占めている状況にあり、平成四年五月一日現在、児童数二二三名、一学年から六学年までの学級数は合計八学級であって、平成五年度においては、その通学区域内で新たに学齢に達する児童数は一〇名にすぎず、将来、同通学区域内における就学児童の大幅な増加を見込める状況でもなかった。なお、永田町小学校の校舎は、昭和一二年に建築されたものであった。

2  被告委員会は、児童生徒数の減少を踏まえて、昭和六〇年五月、第一次教育条件検討会を設置し、次いで、昭和六一年九月、第二次教育条件検討会を設置して、学校の適正規模など区立学校の教育条件についての検討を行ったが、昭和六二年八月の右第二次検討会の報告によると、区立学校の施設環境は、校舎の老朽化や周辺環境の悪化等の問題を抱えており、また、区立学校の適正規模を確保するためには、就学入口の実態に応じた学校数の見直しによる学校の適正配置が必要であって、学校をめぐる環境の変化に対応し、新しい時代を展望した学校の創造という観点からも、区立学校の適正配置に取り組む必要があるとして、千代田区を麹町地区(永田町小学校の所在する地区である。)と神田地区とに二分したうえ、麹町地区の小学校の適正学校数を五校、神田地区のそれを四、五校と試算していた。

被告委員会は、右報告を受けて、昭和六三年七月、学校数の見直しによる適正配置が必要であり、その推進にあたっては今後の区の街づくりとの関連にも留意して取り組むこととするとして、学校数、通学区域の再編、学校の位置、校舎の改築、整備などについて検討した教育条件整備の推進と題する基本的な方針を策定したが、これによると、小学校数について、神田地区は五校とし、麹町地区は、右報告の趣旨を尊重しつつ、さらに検討を加えるものとされていた。

3  一方、被告区においては、昭和六一年一二月、公共施設の在り方及び適正な配置などについて検討する千代田区公共施設適正配置検討委員会が設置され、平成元年一二月、同委員会は「千代田区公共施設適正配置構想(案)」を提出し、翌平成二年一月には、公共施設の適正配置等の検討のため、学識経験者等による千代田区公共施設適正配置検討懇談会が発足することとなり、同懇談会は、平成三年六月に最終報告書を提出し、その中で、小学校の配置については、将来的に廃止の可能性を想定しつつも、その存続のために努力を重ねることを求めた。

その後、被告区では、企画部が公共施設の適正配置に関する素案(小学校の再配置に関しては、永田町小学校が所在する地域には新たに小学校を置かない案となっていた。)をまとめ、平成三年一〇月、区内の各部局で適正配置に関する検討が行われた後、同年一一月、被告区としての公適配構想案が決定され、一一月から一二月初旬にかけて、被告区議会の公共施設適正配置対策特別委員会で集中審議がされた。

4  そして、被告委員会は、平成三年一二月一七日、永田町小学校を含む区立小学校全部の廃止と八つの区立小学校の新設などを内容とする基本方針を議決し、被告区は、右基本方針と同内容を含む公適配構想を決定したうえ、同月二〇日、これを公表し、翌二一日、被告区発行の広報「千代田」、被告委員会発行の教育広報「かけはし」にその具体的内容を掲載して、区民に周知させた。これによって、永田町小学校の在籍児童の保護者を含め一般区民は、初めて、永田町小学校の跡地には小学校が新設されず、名実ともに永田町小学校が廃止となる計画であることを具体的に知るに至った(なお、永田町小学校の校長その他の職員も、公適配構想が公表された平成三年一二月二〇日以前には、同校が実質的に廃止される対象校とされていることを知らなかったものと窺われる。)。

なお、公適配構想は、定住人口の回復や区民サービスの向上を図るために、区内の既存施設を全般的に見直し、再配置・整備を進めることなどを目的としたものであり、区立小学校等については、児童生徒数の減少と学校の小規模化に伴う現行教育水準の低下を防止し、校舎の老朽化等、施設条件の改善を図るとともに、将来にわたって適切な教育活動を展開すること等を目的としたものである。

5  被告委員会は、平成三年一二月二一日、幼稚園・小学校・中学校の各PTA会長に公適配構想についての具体的な説明を行い、被告区も、平成四年一月から二月にかけて、各地域で区民説明会を開催したが、住民の間からは、公適配構想あるいは永田町小学校の廃止等に対する反対運動がおこり、公適配構想に関する住民投票条例の制定や、区立の学校施設の廃止の手続に関する条例の制定を求める直接請求(いずれも被告区議会において否決された。)、被告区議会に対する陳情などの活動が展開された。

6  その後、被告区長は、被告委員会の条例制定請求決議を受けて、平成四年一二月二一日、本件条例の案を被告区議会に提出し、同区議会が同月二五日本件条例を議決したため、同月二八日付けで本件条例を公布し、本件条例は、平成五年四月一日から施行されることとなった。

そこで、被告委員会は、永田町小学校に在籍していた児童の就学校の指定について、保護者の意見を聴取するため面談の機会を設けたが、多数が欠席したため、さらに保護者に対し書面等による意見の申し出を促したが、原告らは右意見の聴取等に応じなかったため、被告委員会は、児童の友人関係、通学経路等を考慮して就学校を指定することとし、原告らの子女を含め大半の児童の就学校を千代田麹町小学校と指定した。そして、右指定後も、被告委員会は、帰国子女のうち引き続き帰国子女教育受入推進地域のセンター校で教育を受けることを希望する者については、新たにセンター校となった千代田富士見小学校に就学先を変更することも考えているので、先に指定した就学先についての意見を申し出るよう促す書面を永田町小学校の保護者に宛てて配付したが、原告らはこれについても一切申し出をしなかった。

7  原告らの子女は、平成五年四月から千代田麹町小学校に通学するようになったが、同校の平成五年五月一日現在の児童数は六七二名で、一学年から六学年までの学級数は合計一九学級であった。なお、千代田麹町小学校では、平成五年に、児童数の増加の影響もあって、雨天時に教室にマットを敷いて運動をするという事態が生じたことがあったが(同校の児童数が従前より増加した結果、児童一人当たりの運動場面積が減少したことは当事者間に争いがない。)その後は、そのようなことは生じていない。なお、原告らの子女のうち、原告大橋の長男幹(六年生)及び原告大久保の子雄介(五年生)を除くその余の子らは、いずれも既に小学校を卒業して、中学校に進学している。

8  なお、原告大橋、同髙嶋及び同岩本の子女が永田町小学校に編入学した経緯は次のとおりである。

(一) 原告大橋は、昭和五九年六月から米国ロスアンジェルス市に在住し、長女由佳及び長男幹を現地校に学ばせていたところ、一時帰国中の平成二年一二月一二日ころ、長男長女の帰国後の編入先となる小学校について相談するため、井澤教育長を訪問した際、井澤教育長から、帰国子女教育に実績のある永田町小学校を勧められ、被告委員会から就学校の指定を受けて、帰国後の平成三年二月ころに由佳及び幹を通学区域外である同小学校に編入させたものであるが、井澤教育長及び被告委員会からは、永田町小学校の廃止についての説明はなかった(原告大橋が井澤教育長と面会したこと、帰国子女である由佳及び幹が永田町小学校に編入したこと、井澤教育長から永田町小学校の廃止についての説明がなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。)。

(二) 原告髙嶋の次女香子は、昭和六三年五月から、家族とともにフランスのパリ近郊に在住し、現地校で学んでいたところ、平成三年七月帰国することになり、翌八月、香子の編入先となる小学校の相談のため、母貞子は、永田町小学校を訪問した際、蓮池校長から「是非いらっしゃい」などと言われ、同月三〇日、被告委員会から区域外就学の承諾を得て、翌九月、香子を同校に編入させたが、蓮池校長及び被告委員会からは、永田町小学校の廃止についての説明はなかった(貞子が永田町小学校を訪問した際に蓮池校長から「是非いらっしゃい」と言われたこと、帰国子女である香子が被告委員会の区域外就学の承諾を得て平成三年九月に永田町小学校に編入したこと、蓮池校長及び被告委員会から永田町小学校の廃止についての説明がなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。)。

(三) 原告岩本は、昭和六一年から平成三年まで、米国ニューヨーク市に在住し、次女及び長男弘樹を現地校に学ばせていたところ、帰国後の平成三年一〇月、永田町小学校を訪問して蓮池校長及び西村教頭と面談した際、「永田町小学校は帰国子女の専門だから、いらっしゃい」、「学校として大歓迎です」と言われ、被告委員会から区域外就学の承諾を得て、次女及び長男弘樹を同校に編入させたが、蓮池校長ら及び被告委員会からは、永田町小学校の廃止についての説明はなかった(原告岩本が永田町小学校を訪問した際に蓮池校長及び西村教頭から右のように言われたこと、帰国子女である弘樹が被告委員会の区域外就学の承諾を得て平成三年一〇月に永田町小学校に編入したこと、蓮池校長ら及び被告委員会から永田町小学校の廃止についての説明がなかったことは、いずれも当事者間に争いがない。)。

二  原告らは、被告らの本件各処分による永田町小学校の廃止が手続的及び実体的に違法であると主張するので(なお、原告らは、本件指定については永田町小学校の廃止を前提とするものであることを理由にその違法をいうだけで、その外の違法事由は主張していない。)、まず、この点について検討する。

1  手続的違法について

被告らの主張1のうち、永田町小学校の廃止について法令上必要な形式的手続が履践されていることは当事者間に争いがないところ、原告らは、公立小学校の廃止を行おうとする場合には、法令上の形式的手続の外に、憲法一三条、三一条の保障する適正手続の要請に従い、児童の保護者等の利害関係者に対し廃止の必要性等を明示し、意見等を提出する機会を与えるなどの手続を履践する必要があると主張する。

しかし、条例は住民の代表者によって構成される議会の議決を経て制定されるものであり、かかる条例の制定によって行われる公立小学校の廃止について、特に原告ら主張のような手続を履践しなければならないと解すべき憲法上ないし法令上の根拠はないというべきであるのみならず、被告区は、公適配構想の公表後、区民説明会を開催し、また、被告区議会においても特別委員会を設置して検討しているなど、前記認定の経緯に照らせば、本件条例の制定施行の経緯に憲法ないし法令の趣旨に反するような点があったとも窺われないのであって、廃止手続の違法をいう原告らの主張は理由がない。

2  実体的違法について

(一) 原告らは、まず、永田町小学校を平成四年度末で実質的に廃止する合理的理由がないとして、その廃止の違法を主張する。

ところで、公立小学校は、公の施設として、地方公共団体の制定する条例によって設置、廃止されるものであり、これをどの場所に何校設置するかは、本来、児童の通学条件の外、学校の適正規模、教育設備等種々の教育条件及び財政事情等を考慮して決定される極めて政策的な事柄であって、学校の設置、管理及び廃止に関する事務を管理し、執行する教育委員会の判断を踏まえてされる地方公共団体の議会の合理的な裁量判断に委ねられているものというべきである。

本件においては、前記認定のとおり、永田町小学校の廃止は、公適配構想に基づき、一四校の区立小学校全部を廃止して、八校の小学校を新設する措置の一環として実施されたものであるところ、右措置は、区立小学校において児童数の減少・学校の小規模化が進行し、校舎も老朽化してきている状況に鑑み、区立小学校の現行教育水準の低下を防止し、施設条件の改善を図ることなどを目的として行われたものであり、被告区が、定住人口の回復等のために、区内の既存公共施設について全般的に見直しを行い、その再配置・整備を進める公適配構想を策定し、その一環として区立小学校の再配置・整備を図る必要があると判断したことには十分な合理性があると認められる。そして、永田町小学校は、区域外就学児童が約半数を占め、平成五年度にその通学区域内で新たに学齢に達する児童が僅か一〇名にすぎず、今後とも同校通学区域内での就学児童の増加が見込めないなどの状況にあったことなどからすれば、区立小学校の再配置を行うにあたって、永田町小学校が実質的な廃止の対象とされたことも不合理なものということはできない。また、本件における区立小学校の再配置は、既存の一四校を廃止して、改めて八校を新設するというものであるから、たとえ永田町小学校の跡地の利用計画が具体化されていないとしても、同校の廃止の時期を他の小学校と同じく平成四年三月末日とすることもやむをえないというべきであり、その廃止の時期の点についても不合理なところはないということができる。

右のとおり、本件条例が永田町小学校を廃止しその跡地に小学校を新設しないこととしたことに合理的理由がなかったということはできず、永田町小学校を実質的に廃止する合理的理由がないとしてその違法をいう原告らの主張は、失当といわざるをえない。

(二) また、原告らは、永田町小学校の廃止に伴う転校により、原告らの子女は教育条件の悪化した千代田麹町小学校に通学せざるをえず、永田町小学校における国際理解教育を受ける機会を失うことになるなど、永田町小学校の廃止は転校後の良好な就学環境の確保に対する配慮を欠いてされた違法がある旨主張するが、本件において、一部の児童についてその通学距離が増加したという事情があるとしても(原告荻原及び同大久保の子女の通学距離が増加したことは当事者間に争いがない。)、永田町小学校の廃止によりその在籍児童が新設の千代田麹町小学校に通学せざるをえなくなることが、客観的にみてその教育環境や通学条件等において極めて重大な不利益を強いるものであり、社会通念上著しく苛酷であると認められるような事情はこれを窺うことができず、原告らの右主張は(そのような事由が永田町小学校を廃止したことの違法事由となるかどうかはさておき)、その前提を欠くものとして失当といわざるをえない。

3  以上のとおりであって、永田町小学校を廃止したことに手続的、実体的な違法があるとは認められない(したがって、本件指定もまた違法ということはできない。)から、右違法があることを理由とする原告らの損害賠償請求は、その前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく理由がないといわざるをえない。

三  次に、原告大橋、同髙嶋及び同岩本は、永田町小学校における国際理解教育・帰国子女の受入れという被告区の施策が継続されることを信頼して子女を編入させたものであり、被告区が永田町小学校を廃止しその施策を変更することは不法行為となる旨主張する。

しかし、井澤教育長あるいは蓮池校長及び西村教頭が右原告らの子女の永田町小学校への編入を勧め、また、被告委員会が区域外就学の承諾等をしたとしても、このことから直ちに原告らの子女が卒業するまで永田町小学校が存続することを確約したものとすることはできないし、また、前記認定のとおり、被告委員会は、永田町小学校の廃止に伴い、新設された千代田富土見小学校を新たな帰国子女教育受入センター校とし、右原告ら三名にも同校への就学を希望するならば申し出るよう促しているのであって、被告区が従前永田町小学校で行っていた国際理解教育・帰国子女の受入れという施策を変更したものでないことは明らかであるから、右原告ら三名の主張は理由がない。

四  また、原告大橋、同髙嶋及び同岩本は、井澤教育長、蓮池校長らが永田町小学校の廃止について説明しなかったことは違法である旨主張するので、検討する。

1  井澤教育長が、平成二年一二月一二日ころ原告大橋と面会した際に、永田町小学校の廃止について説明をしなかったことは前示のとおりであるが、前記認定したところからすれば、その当時、被告委員会あるいは被告区内部において具体的に永田町小学校を特定してその実質的な廃止が検討されていた状況にはなかったのであるから、井澤教育長が永田町小学校の廃止について説明せずに同校への編入を勧めたことが信義に反する違法な行為であるということができないことは明らかである。

2  蓮池校長が、平成三年八月に原告髙嶋の妻貞子と面談した際に、また、同校長及び西村教頭が、同年一〇月に原告岩本と面談した際に、永田町小学校の廃止について説明をしなかったことは前示のとおりであるが、前記認定したところからすれば、右各面談の時点では、被告区において未だ永田町小学校の実質的な廃止が正式に決定されていたわけではないし、そもそも蓮池校長及び西村教頭は、同校が実質的な廃止の対象校とされていることを知らなかったと窺われるのであるから(なお、被告区の職員が公適配構想の検討の過程において、その検討経過を右校長らに知らせなかったことが違法であるということはできない。)、蓮池校長及び西村教頭が永田町小学校の廃止について説明せずに同校への編入を勧めたとしても、そのことが直ちに信義に反する違法な行為であるとすることはできない。

3  また、被告委員会が原告大橋、同髙嶋及び同岩本の子女についての区域外就学の承諾等をした際に、永田町小学校の廃止について説明をしなかったことは前示のとおりであるが、前記認定したとおり、右原告らが編入学の手続をしたのは、原告大橋が平成三年一月、同髙嶋が同年八月、同岩本が同年一〇月であり、その当時は、被告委員会において永田町小学校の実質的な廃止が正式に決定されていたわけではないのであって、その事柄の性質を考えれば、そのような状況の下で、区域外就学の承諾等を求めに来た保護者に永田町小学校の廃止の説明をしなければならない義務があると解することはできないから、被告委員会が永田町小学校の廃止について説明せずに区域外就学の承諾等をしたことをもって、信義に反する違法な行為であるということはできない。

4  したがって、井澤教育長、蓮池校長らの言動の違法をいう右原告ら三名の主張もまた理由がないというべきである。

第四  よって、本件訴えのうち、被告区議会、同委員会及び同区長に対する訴え並びに被告区に対する本件条例による永田町小学校の廃止の取消しを求める訴えは、いずれも不適法であるから却下し、被告区に対する損害賠償請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条、九五条但書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 德岡治)

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